趣。

日々のチャレンジに想いをのせてテキトーに綴ります。

消えながらも存在することをあなたは知っていますか?

梅雨の日、

 

雨が上がった後の夜風ほど心地いいものはない。

 

 

それは、単純に涼しいとか、快適とかではなくて、

時間の流れに逆らってる気になれるから

 

 

勝てないものに抵抗してる感じが好き

 

 

 

下がった気温が嫌いな夏への時間稼ぎをしてくれる。

むしろ過去の日につれ戻してくれる。

 

 

そんな気がするから。

 

 

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熱すぎるものを触ったら、冷たく感じたりする。

 

 

美しいものはグロテスクだったりする。

 

 

本当に心の底から

前世とか来世があることを信じる人たちが今世ある命のことを、

“たった一回きりの人生なんだから” とか言って、

目の前の人鼓舞しようとしたりする。

 

 

 

言葉というものが存在し始めたその時から、

言葉というものが浸透し始めたその時から、

言葉というものが常備し始めたその時から、

 

 

真実は、

霞んで、薄れて、

最後は自ら姿を消したんだろう。

 

 

 

人間以外の動物に無くて人間にあるものと言えば、

言葉だと思う。

 

 

逆に、

人間に無くて、人間以外の動物にあるもの、、、

というものがあるとするならば、

言葉以外の全てだと思う。

 

 

言葉はコミュニケーションを不便にし、複雑にした。

 

 

円滑になるはずの予定で、でき上がったものは

誰かの欲望とか私情とかに侵されてしまった。

 

 

真実は、そんな誰かの欲望とか私情の中に消えるようになった。

だから真実は、言葉によって隠し通せるようになった。

 

 

それは、言葉が隠すんじゃなくて、

真実が自ら隠れていく

 

 

皮肉ながらも、

消えた真実を見つけられる人は、

言葉を侵したそいつらでしかない。

 

 

 

だから言葉はややこしい。

 

 

だから言葉ほど必要ないものはないと思う。

 

 

言葉足らずだって、

言葉が無限にあるせいで足りないんだろ?きっと。

 

 

だから言葉はややこしいし、複雑。

 

 

 

今この内容を書いてる時も、

書いてる本人は、言葉を欲望とか私情で侵したそいつらを

悪とは思っていなくて、むしろそいつらのことを正しいと思ってる。

 

 

そんな人になりたいと思ってる。

 

 

言葉で真実を伝えられる人に魅力を感じるのは、

そんなことが大きな、大部分の理由である

 

 

真実を見つけられる人ほど、

欲望、私情に忠実に生きてる、、、

 

 

いや、

その人たちからすると、

ただごく自然に生きてるだけなんだろうけど

 

 

そんな人がうらやましいと思う時がある。

 

 

だから、

欲望、私情、エゴに忠実な言葉を書いていきたい

 

 

そもそも書こうと思ったきっかけも、

ブログで稼ごう、とか

ファンを増やそう、とか

自分を知ってもらおう、とか

 

思ったわけではない。

 

 

ただ、趣のままに感じたことを書きたかった。

ただただそれだけ。

 

 

趣どの向き?

 

それは今どこを向いてるのか、、、

 

 

向いてる方向で真実は存在してる

 

 

誰が見てるかも知らないし、

誰も見てないのかもしれない。

 

 

 

そんなところに真実は隠れたがるんだろう。

消えたがるんだろう。

 

 

 

『サガサナイデクダサイ』は、

『イナクナラナイ』

と同じ意味を持つんだろう。

壊れてから無になって、その手から輪になって

晩御飯、、、

 

食べに行くなら、

 

ステーキかお寿司なら

結構迷う。

 

 

けど、

 

 

食べに行くなら、

 

 

ステーキかUFO(日清カップ麺)なら

 

 

圧倒的にUFOを選ぶ。

 

 

単純に、

UFOをおいしく出してくれるお店の方が

世に溢れてるお肉屋さんよりも行ってみたい。

 

 

そう思うだけ。

 

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環境に感謝とか、

いつも支えてくれる人に感謝とか、

 

 

あんまり言いたくない。

 

 

感謝ってあんまり伝えたくない。

 

 

伝わっててほしい。

 

 

伝わっててほしいし、

感謝の価値はいつまでも最高であってほしい。

 

 

 

そんな自分が死ぬまで感謝することがないだろうものに

感謝した瞬間があった。

 

 

つい最近。

 

 

 

それは

生まれて、大人を知って、学校に行き始めて、

行かない始めて行き始めて、

 

また行かない始めて、社会に出て、

今の今まで、そいつと闘ってるんだと思ってた。

 

 

全然違うかった。

 

 

全然闘ってなくって、

むしろ遊んでて、遊んでもらってて。

 

 

人生ゲームにおけるサイコロくらい、

そいつは重要で、

 

何が出るのかわからなくて、

 

 

決まってるものでありながら、

いざ振ってみるとランダムなもの。

 

 

けど、そいつが出た目がわからない限りは

先に進めない。

 

 

そんなものとずっと闘ってる、

と思ってた。

 

 

サイコロを振る順番があることも、

 

出た目を受け入れるときも、

 

出た目の通りに進むときも、

 

 

 

いつもサイコロを疑って、

 

いつもサイコロと闘って、

 

いつも自分だけのサイコロを使って、

 

 

そうやって、

 

 

用意されたサイコロを必要ないものとして

自分の頭の中で処理してた。

 

 

それが違った。

それを感じた時は自分という人間を全否定した感覚になった。

 

自分の25年の時間を全否定した感覚。

 

 

 

もはや、

25年生きるまで気付かなかったことに疑問しかない。

 

 

なぜ感謝できなかったのか?

 

 

気付いた今は、

自分の行動、言動、目指すもの根ざすもの、

やりたいこと、好きなこと、

 

 

色んな感情が湧き出てくる根源がどこなのかはっきりしてわかる。

全て元を辿れば同じところから始まってる。

 

 

”自分の好きな遊び”はこんなところにあったのか、

 

 

”自分の生きがい”をやっと感じてあげられたのか。

 

 

自分が一番表面的に見てるのは、

間違いなく自分だった。

 

 

”自分が狂える場所”はここだったのか。

 

 

死ぬまでも死んでからも間違いなく、

折り合いがつかないだろう相手と折り合いがついた瞬間。

 

もしも、

世界平和を成し遂げる人がいたなら、

戦争が起きてたことに感謝するんじゃなかな?

 

きっと。

 

 

 

でも、

なんだかんだ嫌いなことは変わりないから、

自分は常にそいつを壊してたいし、

壊したところに出来る自然なものを楽しみたい。

そして創りたい

 

 

嫌いなのにものすごく感謝できるこいつは、

やっぱりすごいなー

 

 

 

狂える場所を与えてくれるのは、

こいつしかいない。

 

 

ほんとにありがとう。

誰に届く手紙なのか

ある日、

急に予想もしてないお手紙が届く。

 

 

想ってた人と違う。

違うってわかってたから、

違う人を思い浮かべたけど、どうやらそれも違う。 

 

 

これは誰からのお手紙?

 

 

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”ちゃんと届きました!!”

 

 

内容は、

あなたが大事なものは何かわかってるの?

 

そんな手紙。

 

優しい人が書いてくれたようでヒントまで書かれてる。

遊び心もあるようで、ヒントの中にヒントも入れてくれてて、

 

真面目で優しくて面白い人なんだろうなーってことがわかる。

 

 

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本当に大切なことを伝えたいときには、

Twitterくらいの文字数で十分なんだろう。

 

本当に想ってることを伝えるためには、

5行くらいの文章で十分なんだろう。

 

そして、この手紙を書いた本人はそんな邪念を含まず、

ありのままに書いてくれたんだろう。

 

この人に好きな人はいるのかな?

いてるといいなー

どんな素敵な人に恋してるんだろう?

 

 

この手紙にお返事をするなら、

無駄な言葉は一切省いて、想ったことをそのまま返したい。

 

 

 

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ちゃんと届いたよ!!

ありがとう

 

赤ちゃんや奥さんはとってもとっても大切だよ。

でもぼくは、まだまだバカで時々大事にする方法が

わからなくなるときがある。

大事にしてるつもりで大事にできてないときもある。

 

想うことは、今のところ

ぼくと結婚して子どもを産んで、一生付き合っていける人は、

地球上で今の奥さんだけじゃないかな。

だからとっても大事な存在、

 

けど、

 

先生に怒られて初めて、だめなことをしたって気付くし、

友達が悲しんでて初めて、傷つけたんだなって気付く。

 

プレゼントも最初はもらってとても嬉しい。特別。

時間が経ったら特別に思い続けることはなくなる、

無くなった瞬間には、普段からずっと思ってるわけでもないのに、

とっても大事なものだったのに、、、って思う

 

大人になっても子どもの時と気持ちは一緒で、

当たり前のように

いつもあるものを大事にすることって、

とってもむずかしいこと。

 

あなたのように素敵な友達がいるから、

大事なことに気付かせてもらえるんだよ。

 

あなたの好きな人はどんな人ですか?

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大事なものは無くして初めてわかるとか、

そんな綺麗な言葉で表現することはできない。

 

 

大事なものを大事にし続けるのは本当にむずかしいこと。

大事なものはずっと大事にはできない。

 

それは自然に継続されていくものなんだと思う。

 

どんな人もそうやって、

何回も繰り返して、繰り返し転がり続けるんだろう。

 

 

転がって止まったところが人によって違うだけなんだろう。

 

 

ぼくは転がり続けたいな。ずっと。

好きなことだけで生きていく

みんな、

小さい狭い牧場に詰められた羊になりたくない。

自由がないから。

 

 

 

かと言って、

柵の全くない大自然に放り出されたいわけでもない。

自由すぎるから。

 

 

 

結局贅沢すぎるだけなんだろうな。

 

 

 

ちょうどいい広さの牧場で、なおかつ頑丈な柵が欲しい!

ぼくには世の中が求めてる”自由”とは、

そんなことのように聞こえる 

 

 

 

『好きなことだけで生きていく』

という言葉を多くの人が使う時代が求める自由は、

”ちょうどいい広さの牧場で、なおかつ頑丈な柵が欲しい”

ってこと。

そう思う

 

 

 

一生飼われてればいいんじゃないかな?

一生好きなことだけで生きていけるから。

 

 

 

 

 

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www.ninjartist-iroha.com


 

色波さんの言葉に対する考え方は大好き。

 

だから触発されて書いてみようと思った。

 

 

『好きなことだけで生きていく』

について

 

 

色んな事を思ったけど、その中で一番強く思ったのは、

色波さんもちょっと書いてるけど、自由っていうところ

 

 

今の人たちがどのくらい、

好きなことだけで生きていくってことを

意識してるのかは知らない。

 

 

けど、多くの人がこれを意識する時代はやばいとは思う。

明らかに。

 

 

だってこの言葉って、

結果、そう思ったってことじゃない?

 

 

好きなことだけで生きていくんだ!

って意識しながら好きなことを探して、

 

好きなことだけで生きていくんだ!

って意識しながら好きなことをして

 

好きなことだけで生きていくんだ!

って意識しながら心地いいものを選ぶ

 

 

 

好きなことってそんなに考えないと出ないもの?

そんなに難しいもの?

 

 

違うと思う

 

 

 

好きって、

もっとシンプルで易しいもの

 

 

 

好きだなーーー

って無意識的に思ったりするもの

 

 

 

実際に今の人たちがどのくらいこの言葉を意識してるのかは

本当にわからない。知らない。

でももし、意識してたり、

好きなことだけで生きていきたいんだ!

って言ったりするやつが多い世の中のうちは、

 

 

『生きていくために好きなことをする』

 

 

に変わっちゃう人も多くなるんじゃないかな?

 

 

 

それって

牧場から抜け出して大自然に行くことが本当の自由のはずが、

 

 

押し込められたような狭い敷地を拡げて、

ちょっと広い牧場を作っちゃってる。

 

ように見える

 

 

狩人に狩られてもだめ、

天敵に遭遇してもだめ、

虎なんて絶対いたらいけない。

 

 

生きていくために、

そんな邪魔者が入らないように

大きな柵を作るところから始まる

 

 

そしてその大きな柵の内側で、

あの池の近くがいいなー、とか

あそこ毎日日当たりいいなー、とか

 

 

その中で好きを探す。

 

生きていくために好きなことをする

 

もしも、

これを自由と呼ぶなら、

ぼくは自由になんてなりたくない。

 

 

嫌なことを避けることが自由ならば、

 

自由の女神はアメリカじゃなくて、日本に置きべき

だと思う。

 

 

 

本当に好きなことを全うしてる人は、

そもそも好きなことだけで生きていく、とか

いちいち思わないでしょ?

 

 

 

ただただ好きなことを全うしてる。

ただただ好きって自然に生きてる。

柵なんて立てるイメージすらない。

 

 

ただただ好きなことを全うしながら、

狩人に狙われ、

天敵に襲われ、

虎から逃げて、

 

ただただ生きていく。

 

一生懸命生きる

 

 

気が付けば、

”好きなことだけで生きてた”

って感覚になる

 

 

いっぱい嫌なことがあったのに、死にかけたのに。

 

 

ぼくはそれが自由なんだと信じたい。

 

 

狩人に狩られそうになったことがあったとしても、

天敵に襲われたことがあったとしても、

 

 

嫌なことが起こったとしても、

大丈夫。生きてた!

 

 

って、

 

 

 

そんな結果そのものが、

『好きなことだけで生きていく』

とういうことだと思ってたい。

 

 

 

あなたの好きはなんですか、、、?

THE MAN IS " ライトマン"

イトマン との出会いは、

 

変態を極めたようなおっさんがやっている

家具屋さんのリニューアルパーティー。

 

変態が創る変態な空間。

変態な家具屋さん

変態な人々

変態な料理、、、

 

 

そのリニューアルパーティーで、

歌っていた。

 

 

ただただ気持ちよさそうに歌っていた。

 

 

どうやら歌手らしい!!

 

 

変態ハウスにいるのに

変態さはまったく感じないくらいの

スマートな男性、、、

やと思ってた。

 

 

甘かった、、、

 

この歌手はただものじゃなかった。

 

開けてはいけない箱をあけてしまった。

この人は本当の本当に変態や。

 

 

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巷では、

アメリカの大統領が、

刈り上げたまん丸の危ない偉い人のことを

ロケットマン”と揶揄しているところ、

 

 

日本にはライトマンがいた。

 

 

この人は本当にライトマン

 

 

・すぐ”右”に曲がる

この人はすぐ右に曲がる。

これはもう癖。

 

小さいころから乗り物が好きなこの人は、

今も車が大好きで、山道や田舎道の細ーーい道を見つけると、

明らかに遠回りな道でも入らずにはいられなくなるらしい。

 

 

車が好きな自分も理解できない。

 

 

車に一緒に乗った時、

この人が右にハンドルを回した時には、

予定通りの時間に予定通りの場所にたどり着かないことを

覚悟しておいた方がいいです。

 

 

 

・フットワークが”軽い”

軽い!

軽い!

軽いどころじゃない。

 

もはや無い!

 

足取りに重さを感じない。

 

そんなこの人は、

この記事を書いてる今も、

有名なお笑い芸人と一緒に淡路島にいる。

 

昨日は24時までバーにいたのに、

今日の早朝6時ごろには淡路島にいたらしい。

 

もう、、すぐにいく。

とにかくすぐいくんですこの人。

 

 

実は、

二人おるんんじゃないか?

 

 

・会話に射す絶妙な”光”

変態は留まるところを知らない。

 

会話の中にこの人がいると、

会話が弾まないことがない。

 

もしもこの人と会話が弾まない人がいるとすれば、

その人は人間の皮を被った石やと思う。

 

この人の会話の守備範囲は相当広い。

 

広いだけじゃなくて、深さもある。

たわいのない会話を実りのある会話に変換させてしまう。

 

もしも合コンを控えている人がいるなら、

この人をレンタルします。

しょうもない男を一人消してこの人を入れた方がいいと思います。

 

 

どんなブスで面白くないやつらの集まりであろうとも、

この人がいれば面白い空間になる。

 

 

それは、

土砂降りの雨の中に見える、

太陽の光のよう。

この人がいると虹がかかる。

 

 

この人はライトマンなんです。

 

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川口裕さん、、、

 

 

建築家であり、

ホシザキのメーカーでもあり、

旅人でもあり、

マクドナルドのプロフェッショナルでもり、

ハッピークラウンの参謀でもある。

 

 

あ、歌もうまい!

 

 

ちょっとだけギターも弾けるらしい。

 

 

裕さんは歌だけ聞いてたらもったいない。

 

 

この人からでる一言一言を感じて、

一挙手一投足を見逃さない。

 

ほんでちょっとだけ歌を聴く。

 

それが川口裕さんの

変態さを知るためには最もいい説明だと思います。